東京高等裁判所 昭和43年(ネ)367号 判決 1968年6月13日
控訴人 石井とみ(仮名)
被控訴人 林博(仮名)
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の控訴人に対する東京家庭裁判所昭和三七年(家)第九一九一号遺産分割審判事件の昭和三八年五月二日付審判にもとづく強制執行は許さない。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上および法律上の主張ならびに証拠の関係は、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する(ただし、原判決二枚目表六行目「(床面積六一坪八合)」のつぎに「の所有権」を加え、同八行目「借地権」のつぎに「(ただし、賃借権、以下借地権という。)」を加える。)。
理由
一、当裁判所も控訴人の請求は理由がないものと判断した。その理由はつぎのとおり付加訂正するほか原判決の理由と同一であるから、ここにこれを引用する。
(一) 原判決七枚目表一四行目から同八枚目表二行目までの全文を、「遺産分割の審判においては、分割の方法として、共同相続人の一人または数人に、他の共同相続人に対する債務を負担させて、現物をもつてする分割に代えることができる(家事審判規則第一〇九条)のであり、このようにして設定される債務の額は、相続財産等の評価の計算から導き出されたうえ決定されるものであるから、審判手続における権利形成の過程において両者は相関連しているといわざるをえないのであるが、この過程を経て審判によつて具体的な権利、義務として形成された以上、もはやその権利義務は、当該審判のうえで関連づけられていない限り、形成過程における相互の関連性は払拭され、たがいに独立したものになると解するのが相当である。もとより共同相続人は、民法第九一一条以下の規定によつて相互に損害賠償等の担保責任に任ずるから、右の規定によつて相互の権利義務に変動をきたすことのあることは当然であるが、右の規定は、むしろ、共同相続人の取得した権利義務が相互に独立したものであることを前提として、例外的に、一定の場合にそれぞれ特定の担保責任の生ずることを定めているのであつて、あくまでも例外的のものであり、右の規定によることなく、単に、分与された相続財産(本件においては、控訴人の借地権)の評価が一定の事実(本件においては、賃貸人の承諾)を前提としていたからというだけで設定された債務(本件においては、被控訴人に対する債務)が右前提事項の発生を条件とすることになるものでもなければ、右財産について変更消滅に関する事情が生じたからといつて、これがため右債務に対し当然その影響を及ぼすものではないというべきである。」と訂正する。
(二) 同八枚目表一〇行目「その」から同裏三行目「理由も肯認し難い。」までを、「前記争いのない遺産分割審判の内容、成立に争いのない甲第五号証の一、二によれば、本件審判は、その主文において、控訴人に対し、本件家屋および借地権等を与えるとともに被控訴人らに対する金銭債務を負担させていることを認めることができるが、その理由を合わせてみても、右審判が右債務を控訴人が主張するような条件付のものとしたと認めることができないし、審判手続の過程における財産評価の算出事情によつてそのような関連づけをすることのできないことは前記説示のとおりであり、本件において他にこれを認めるに足る証拠がないから、この点に関する控訴人(原告)の異議理由も肯認しがたい。」と訂正する。
二、そうすると、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小川善吉 裁判官 松永信和 裁判官 川口富男)
参考
原審(東京家裁 昭四三・六・三〇判決)
原告 石井とみ(仮名)
被告 林博(仮名)
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
本件につき、昭和四〇年七月二二日当裁判所がした強制執行停止決定は、取り消す。
前項に限り、仮に執行することができる。
事実
一、原告訴訟代理人は、
「被告の原告に対する、当庁昭和三七年(家)第九一九一号遺産分割審判事件の昭和三八年五月二日付審判にもとづく強割執行は、許さない。訴訟費用は、被告の負担とする。」
との判決を求め、その請求の原因として、つぎのように述べた。
(一) 原告ほか一名を申立人、被告ほか四名を相手方とする、請求の趣旨記載の事件の審判(昭和三九年一〇月二〇日即時抗告取下により確定)により、原被告は、被相続人亡石井守の遺産分割の方法として、それぞれ、つぎのような権利を取得し、義務を負担した。
(1) 武蔵野市○○○○町○丁目○○○○番地○○所在木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居宅一棟(床面積六一坪八合)、
右同所同番の○○宅地二〇九坪(所有者渡辺良子)に対する借地権、
電話加入権武蔵野○○局(○)○○○○番
および現金三〇〇、〇〇〇円は、いずれも原告が単独で取得する。
(2) 原告は、被告および訴外石井清子ほか二名に対し、それぞれ金一、三二八、四〇三円、訴外石井豊に対し金五四五、三五三円、訴外石井隆に対し金三八二、五八七円の各債務を負担し、それぞれ右審判確定後一年以内に支払うこと。
(二) 被告は、右債務名義たる金一、三二八、四〇三円の債権についての強制執行として、東京地方裁判所八王子支部に対し、原告所有の
武蔵野市○○○○町○丁目○○○○番○○所在、前記家屋のうち、
専有部分の建物表示
建物番号○号
家屋番号○○○○番○○の○
一、木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居宅
床面積四五坪四勺
に対する強制競売の申立をし(同庁昭和三九年(ヌ)第一四五号事件)、昭和三九年一二月九日付競売開始決定を得、競売実施の結果、昭和四〇年六月二日付競落許可決定により、競落人訴外横倉三郎が代金三七五、〇〇〇円でその所有権を取得した。
(三) 前記債務名義にあつては、原告が取得した家屋は金一、〇四四、四八〇円と評価され、その敷地についての前記借地権は金八、四二六、八八〇円と評価されたものであるところ、前記競売に際しては、右家屋のうち原告の専有部分四五坪四勺(その余の部分は、審判確定後原告が訴外石井隆に譲渡した)の最低競売価額を金三七五、〇〇〇円として評価されたに過ぎず、また、借地権の評価は全くなされることなく競売された。
(四) 当時、借地権は、地主の承諾がなければ有効に譲渡をすることができなかつたものであるところ、
(1) 前記審判時における債権額の確定に当つては、分割の対象たる借地権につき、譲渡の承諾は得られていなかつたものであるにもかかわらず、その承諾が得られたものとして評価がなされ、それを基礎として被告の取得すべき債権額を確定したのは違法である。
(2) 原告は、その審判確定後、その譲渡につき地主の承諾を求めたが、これを得られなかつた。しかして、前記審判では、地主の承諾のあることを前提として借地権の評価がなされたものであるから、その承諾が得られなかつた以上、評価は不当となり、その不当の範囲内で被告の債権は消滅した。
(3) 被告の債権は条件付で確定された債権である。すなわち、およそ、借地権は、その議渡に関し地主の承諾がなければ財産的価値をもたず、従つてまた、被告の債権取得は、借地権が財産的価値のあることを条件として確定されたものである。しかるに、前記のようにこの条件は成就しなかつたから、右審判には既判力がない。
(4) 被告の債権取得の基礎となつた借地権の評価額は、その譲渡について地主の承諾があることを前提条件にして算出されたものであり、その承諾に必要な、地主に対する名義書替料も右評価額に算入されているものであるから、前記審判が執行力を有するためには、少くともその執行当時は、地主の承諾がなければならなかつたのである。しかるに、原告が執行前地主に対し借地権の譲渡または転貸等につき承諾を求めるべく努力したが、容れられず、現に、武蔵野簡易裁判所昭和四〇年(ユ)第二一号事件として、その承諾を求める調停申立をし、その係属中であつたところ、競売の実施を受けるに至つたのである。故に、前記審判に表示された債権については、その基本たる相続財産が条件付のものである以上、条件付で認められるべきものであり、この点を誤つた前記審判は違法である。
(5) 仮りに、前記審判に既判力が発生し、かつ、遺産評価の対象として借地権の価値を算入することが妥当であるとしても、前記審判時には借地権ありとして遺産評価の対象とされ、分割の評価額に算入されながら、同一人間の、しかも当該審判による強制執行に際しては、評価外としてその最低競売価額にも算入されることなく、家屋のみ何十分の一という、著しく不当な、安い価額で評価され競売されたものであるから、事情変更が生じたものである。そして、その競売の結果、原告の借地権は失われるに至つたものであるから、これもまた、事情変更の一原因である。
(五) 以上のように、前記審判にあらわされた被告の請求権は不存在であり、その執行力の排除を求めるため、本訴請求に及んだものである。
証拠として、甲第一ないし第四号証第五号証の一、二第六、七号証を提出した。
二、被告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、答弁として、つぎのように述べた。
(一) 原告主張事実中、(一)ないし(三)は認める。競売の目的となつたのは家屋のみであつて、借地権は評価の対象とならなかつたものである。また、遺産分割における財産評価と、競売手続における最低競売価額の決定とは、おのずから、その趣旨目的を異にするので、その額が異なるのは当然である。同(四)のうち、借地権の譲渡に関し調停事件が係属していることは不知、その余は争う。
(二) 遺産分割の審判は、その性質上非訟事件であり、非訟事件については既判力は認められないとするのが、通説的見解の如くである。しかし、遺産分割の審判は、私法上の分割請求権たる、実体上の形成権にもとづくものであつて、そのかぎりでは、形成判決に見ると同じく既判力を認めてよいと考える。従つて、すでに確定した分割審判の効力を排除するためには、その審判を無効とするだけの重大な瑕疵が存する場合にかぎられなければならない。しかるに、原告の異議理由とするところは、審判当時すでに判明していた事情であり、審判の不当性を招来するものではない。しかも、審判確定後、原告は、分割により得た家屋の一部を訴外石井隆に移転登記をしており、すでに自己の権利とされたものを処分しておきながら、その審判の効力を争うのは、信義則上も許されない。
(三) 原告は、競売によつて借地権を失つたことを事情変更として異議の理由とするが、原告が借地権を失つたのは競売の結果であつて、借地権が客観的事由により消滅したのではない。しかも、原告は、自己の債務の履行をなさず、強制執行を受けた以後に生じた事情をもつて被告の債権の不存在を主張することは許されない。
なお、甲号各証の成立は認めると述べた。
理由
一、原告主張のような遺産分割の確定審判があつたこと、原告主張のような経緯のもとに原告主張のような競落がなされたこと、右遺産分割の審判および強制執行に関し、原告主張のような評価がなされたことは、いずれも、当時者間に争いがない。
二、よつて、本件異議理由につき、考究する。
家事審判法第九条第一項乙類第一〇号に規定する、民法第九〇七条第二項についての遺産分割に関する処分は、各共同相続人の請求により、家庭裁判所が民法第九〇六条に則り、遺産に属する物または権利の種類および性質、各相続人の職業その他一切の事情を考慮して、当事者に対する後見的立場から、合目的的に、裁量権を行使して、具体的に分割を形成決定し、必要な給付を附随的に命ずる裁判であつて、その性質は、本質的に非訟事件であるから、この審判によつて確定された請求に関する債務者の異議は、審判後にその原因の発生したものに限られないというべきである。しかして、右分割に関する審判は、相続権、相続財産等の存在を前提としてなされるものであり、それらはいずれも実体法上の権利関係であるから、家庭裁判所がもしその審判手続において右前提事項の存否を審理判断したうえで分割の処分を行つた場合であつても、その前提事項に関する判断には既判力を生ずることなく、従つて、これを争う当事者は、別に民事訴訟を提起して、右前提たる権利関係の確定を求めることを何ら妨げられないというべきである。そして、その結果、判決によつて右前提たる権利関係の存在が否定されれば、分割の審判もその限度において無効となるべきものであるが、しかし、これは右前提事項の存否についての問題であつて、いやしくもその前提事項たる相続権および相続財産等の存在を否定するものでない以上、審判の内容たる権利関係についての形成的効力は、当然には争うことはできないものといわなければならない。
つぎに、審判確定後に発生すべき異議原因についてであるが、家事審判規則第一〇九条の規定によると、遺産分割の方法として、共同相続人の一人または数人に、他の共同相続人に対する債務を負担させて、現物をもつてする分割に代えることができるものであり、このようにして設定される債務の額は、相続財産等の評価の計算から導き出されたうえ決定されるものではあるが、既にしてこれを決定する審判が確定した以上、もはや、その権利義務は、それ自体のもつ理由によるのでなければ変更もしくは消滅させられないものとなるのであつて、その例外としては、民法第九一一条、第九一二条等の規定による担保責任の場合を挙げることができるであろうが、それ以外には、たとえ共同相続人の一人が取得した財産(例えば、本件における原告の借地権の如し)につき変更消滅に関する事情が生じたとしても、これがために他の共同相続人が取得した権利(例えば、本件における被告の債権の如し)に対し、当然にその影響を及ぼすことはないものといわなければならない。
本件において、原告の主張する異議理由なるものは、審判当時における相続財産たる借地権の存在を前提としたうえ、その評価の不当をとなえるものの如く、あるいは、審判による被告の債権取得が、借地権の移転に関するその後の事情変更によつて当然に影響を受けるとするものの如くであるが、いずれも、前記説示によりその理由がないことが明らかであり、原告は、なお、審判によつて創設された被告の債権は条件付権利であると主張するけれども、そのように条件付であるかどうかは、もつぱら、審判の主文によつてこれを判断すべく、その理由に示された財産評価の算出事情等によつて、そのような関連づけをすべきものではないと解するのを相当とするところ、前記審判の主文によれば、被告の債権取得には何ら条件を付せられたものでないことが明らかであるから、この点に関する原告の異議理由も肯認し難い。
三、然らば、本件債務名義たる前記遺産分割審判の執行力の排除を求める原告の本訴請求は、その理由のないことが明らかであるから、これを棄却すべく、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、強制執行停止決定の取消および仮執行の宣言につき同法第五四八条を各適用して、主文のように判決する。
(裁判長裁判官 野本三千雄 裁判官 柏木賢吉 裁判官 角谷三千夫)